国際21世紀懇話会・総会及び第一回講演会ご報告

国際21世紀懇話会・総会及び第一回講演会ご報告

2016年11月8日、霞ヶ関ナレッジスクエアにおいて標記設立総会と第1回集会が開催されました。
以下、概要をご報告いたします。

  • 本懇話会会長にNHK欧州総局長、パリ日本文化会館初代館長等を歴任された磯村尚徳(いそむらひさのり)氏にご就任いただくことを全会一致で決定しました。
  • 引き続き事務局提案の定款を全会一致で承認いたしました。
  • 休憩後、第1回大会基調講演として前文化庁長官、青柳正規(あおやぎまさのり)氏の「文化の蓄積と活用」と題する講演を聴講しました。概要を下記に掲載します。
  • 講演会終了後、会長その他関係者を交え、軽い食事と飲み物による懇親会を開催しました。

次回、第2回派2017年3月14日の予定です。次回は磯村尚徳会長にお話しいただきます。万障お繰り合わせの上ご参加ください。

『文化の蓄積と活用ーアナログとディジタルー』

前文化庁長官  青柳正規

本日の講演は、主催者の一人である松本氏や相良氏とは駒場で同級だったこともあって引き受けました。松本氏は「中央公論」にユダヤ人銀行家アルベール・カーンについて書き、彼が日本へも写真家を派遣し、日本の民族的な特徴を示す数多くの映像を残していることを紹介しています。さらに中公新書の訳書「アレキサンドリア図書館」によりヘレニズム初期にこの図書館ができた理由を学んだことなどから引き受けたわけです。

私は1944年生まれですから戦中生まれではありますが、戦争も大恐慌も実質的には知らない、日本史上でも稀有の恵まれた世代であろうと思います。この幸せな状態をどのようにして次世代以降に残すか。それは我々の世代の使命でもあります。現在日本は国家と地方自治体合わせて1兆円超の財政赤字を抱えています。この環境の中で持続可能な社会をどう次世代に残すかは我々の責務です。あわせて国際的な視点から日本の弱さをどう補完していくか考えたいと思います。

第二次世界大戦後、人類は驚異的な経済発展を遂げましたが、今世紀になってなお、経済至上主義から脱却できないでいます。特に我が国は経済のことしか考えられない酷い状態に陥っているように思われます。世界の現状はまさに清貧に甘んじたウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカの伝説や格差社会を示したマタイの伝説そのものを際立たせています。我々一人一人が生活の質をもっともっと重視して生きていく他ないのです。

経済的イノベーション等と言いますが、叡智に近い「狡智」は頻出しているものの、本当の「叡智」は生み出せなくなってしまっているのが現代ではないでしょうか。

古代には人間の叡智の極みとして、三大宗教が生まれていますが、7世紀のムハンマドのイスラム教を最後にそのような創造性は失われてしまったかのように思われます。

叡智創出のためには古代に倣い現代のムセイオンをディジタルとアナログで残す必要があると考えます。世界に蔓延している膨大な量の情報をインターネット等からいかに取捨選択し、ストックし、その中から叡智を燻りだしていくかが、先ほど磯村会長が示唆された一番の「HOW」になるのではないかと考えています。

イタリアのテレビのくだらないことは世界的に知られていますが、日本の民放のテレビの酷さもイタリア並みか、それ以上と思われ、情報の選択という意味では大いなる課題です。

古代ギリシャ人達は世界を既知の世界(ブリテン島からインドまで)とそれ以外の未知の世界に区別し、既知の世界については徹底的に地理を調べました。このように限定された枠組みを作ったからこそ、その中で智慧が生まれたわけです。文化とはフレームワークで、その中で文化が形成、充実、深化していくのです。日本では高度成長期にこの枠がどんどん動いて文化が育たなかったのですが、失われた10年・20年の頃から、やっと現代文化が育ち始めたと言えるのではないでしょうか。

紀元300年頃プトレマイオス朝の人々がムセイオンを作ったのは、それ以前にあらゆる分野において天才が出尽くしてしまったためだと考えられます。天才の創造性をもって何か新しいものを創出するのではなく、自分たちの持っているもの、知っているものを明確にし、それらを組み合わせて時代に対応しようとしたのです。

それは今の日本や世界の状況と似ています。似たような試みはフランスや中国でも、知の世界が閉塞状態にある時なされてきました。

今欧州であまり目立たないのですが着実に情報を蓄積しているユーロピアーナという、オランダやフランスが中心となり運営しているポータルサイトがあります。ユーロピアーナ財団が資金を出し、各国で情報を蓄積し、それを横串しにしてあらゆる分野の情報にアクセスできるようにしているのです。すでに素晴らしい美術館や図書館があるのにさらにこのような新しいメディアを作っていこうとするのは文化を常に刷新しようとするヨーロッパの姿勢によるものでしょう。

日本も10年ほど前に文化庁が同様のものを作り始めていたのですが、現在は尻すぼみ状態となっています。ユーロピアーナと連携して欧州で関心の高い日本の情報をもっと提供できればよいと思います。

文化とディジタルは強く結びついていますが、アナログの面ではどう残していくかも大きな課題です。時代の価値観に翻弄されてしまうこともありますが、幸い正倉院に代表される文化財継承の伝統が日本には強く残っているのであまり心配する必要はないかもしれません。

過去のものを大切にする意義は過去から現在のシールドを通して見ることで未来を見通せる点にあります。また思い出は自分達の人生の価値を十分に確認する条件を作っていく非常に大切なものです。文化財の一つである祭りや行事も思い出作りを支えているのです。

ミュージアムは体系的な知識を与えてはくれませんが、ディジタルにはないセレンディピティ(掘り出し物を見つけること)や人の意欲に関わる様々なアナログの良さがあります。したがって常にディジタルとアナログの両方を見ていくことが必要でしょう。

中世以降人類に多大な影響を与えた智慧には17世紀のデカルトの要素還元論があり、百年後の英仏産業革命、キュリー夫人の原子論、戦後の生物化学、最近のIPSと成功を収めています。しかし還元論で発達してきた科学技術には必ずデメリットがあり、科学技術が発達すればするほど、今まで地上にいなかった怪物が必ず生まれてくるのです。

これを我々はどうするか。それが問題です。

還元論の影響は細部をきっちりしなければならないという厳密性重視の風潮を生み、対する宗教も含む全体論の退行により、現在は全体を俯瞰することによって持続可能な発展を促す役割を誰も担っておらず、結果についてはただただ神頼みとなっている状況であると言えましょう。

持続可能な社会を残すためには、それぞれ功罪を持つ、還元主義と統合主義の復権が必要であろうと考えられます。

最後に、知的情報の継承方法として、ディジタルに関してはアナログのような社会的バックアップ体制がないことを申し添えておきたいと考えます。

ユーロピアーナのように双方向にアクセス可能で信頼出来る情報を集めたディジタルの図書館とアナログのモノ、祭りなどのコト、両方を蓄積し、そのなかから叡智を生み出せるようこれを次世代に送り込むことが我々の責務であり、持続可能な社会を将来に残すことにつながると考えています。そういった意味でこの会が叡智を生む土台になっていけばよいと思います。

ご静聴ありがとうございました。

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